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音楽のを生み出すまでの道

今日のライブは僕の中でかなり良くなかった。

でも、だからか、それともその後に触れたものに上手く影響されたからか、

なんだか綺麗に消化された気がします。

三島由紀夫、どっかのバンド、クロマニヨンズ、小曽根真・・・・・・。

などなど、今日触れた何某により、自分の反応がそれぞれにあり、

その反応から、自分は何をどうしたいかが少し分かりました。

自分を再確認したんじゃない、発見した。



今日音楽について話しをした。
彼女の悩みが、かなり広いフィールドに
彼女を連れて行ってることが意外だった。
それでいいと思う。



音楽って意味不明なものだ。
しかし人々は模倣から音楽を始めるために、
まるで、音楽が何か分かっているような気になってしまう。

だから、模倣を完全に脱することとなった時に、
一体音楽が何のためにあるのか、
その存在意義を最初に考えなくてはいけなくなる。

「模倣を完全に脱することとなった時」とはつまり、
自分の足で音楽のを生み出すまでの道を最初から辿る、ということ。

また、慣れるということは、それまで考えていたことを無意識で行うということだ。
つまり、何を考えればいいのか分からなくなる。疑問を持つということ。

ピアノでクラシックを弾くことに例えてみる。

とりあえず「楽譜に忠実に弾く」ことが最初の段階。
それは音楽を生み出すまでの道のゴール地点だ。

それに慣れると、その曲をただ弾くのではなく、「音楽的にどう弾くか」を考える。
「楽譜に忠実に弾く」をもっと細かく見た結果そうなる。

更にここからいろいろと枝分かれして、
「感情的にどう弾くか」とかになる。
音楽表現と感情表現がリンクしてくる。
また、「聴いている人に何を感じてもらうか」って方向もある。
リスナーを意識するわけだが、
そうすると、「なぜその曲を選ぶか」とか、「誰に聴いてもらうか」
ってことを考えるようになる。

「なぜその曲が存在するか」とか、
「なぜその曲は誰かに聴いてもらうべきものなのか」ってことを考える。

そのうち、最終的に「音楽とはなんなのか」とか、「自分は音楽をやるべきなのか」
みたいな疑問に対して命題が必要になってくる。

「音楽を演奏する」というゴールに至るには、
ゴールに辿りついたが故に、
上記の括弧内の疑問は噛み砕かれているはずだが、
実際はそうじゃないケースが99%。

模倣を利用し、いつも音楽を生み出すまでの道の、途中から歩き出す。
いつの日か、自分の歩いた道の最初は誰かが歩いた道だと気付く。


具体的な話、

良い和音、悪い和音、
良い歌声、悪い歌声、
良い音色、悪い音色、
良い構成、悪い構成、

そんなもんが横行するがために、
隅々に渡って、「良い」を果たし、それで満足するケースばかり。

音楽を構成している要素のどれが楽しいんだろう。
何が楽しいかも分からずに音楽をやって楽しいわけない。

言葉をメロディに乗せたい人、
リズムに乗りたい人、
メロディのラインに心をゆるがせる人、
和声の変化を吸い込む人、
和音の作る空間に溶け込む人、
声や楽器の音そのものに聴き入る人、
人と言葉以外でコミュニケーションしたい人、

いろんなタイプの人がいるけど、
人と言葉以外でコミュニケーションしたいだけの音楽性の人の作った音楽を、
言葉をメロディに乗せたい音楽性の人は、楽しむことは難しいだろう。

そんな感じでね、
なかなか自分の本当に追及する音楽をやってみるって難しいです。

音に対して、本当に、本当に、もっともっと、真摯になってみる。
一番プリミティブな段階から音を噛み締める。
その地点から、音楽が演奏されるゴールまで歩いてみる。
そうやってできた音楽は、一般受けはしないかもしれない。
でも、幸福だ。
音楽を作った者も、作られた音楽も。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
上手く表現できませんでした。
とりあえず音楽ってすげー意味分かんない。
でも結局音楽そのものは凄く楽しい。
だからってライブが楽しいとは限らないし、
人に聴いてもらうことが音楽の目的だとも思わない。
by komitetsu | 2008-08-24 03:31 | 音楽

大人からフィギュアスケート練習、ジャズチェロ、コンテンポラリーチェロ、作曲、 DTM、世界放浪


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